エンジニアにとっての生成AI「できるはずだ力」とは?
この記事は note.com 100日チャレンジ のミラーです。
81日目:エンジニアの「できるはずだ力」とは?
この記事は私の note 連続投稿 100日チャレンジ 81日目です。
2025年9月26日から28日に広島国際会議場で PyCon JP 2025 が開催されます(最終日は開発スプリント)。PyCon JPは、日本最大のPythonコミュニティイベントで、Pythonコミュニティメンバーが主体となって運営する非営利の国際的なカンファレンスです。
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エンジニアにとっての生成AIとは、という議論の場が増えました。PyCon JP 2025 は構想の初期に、大塚あみさんに基調講演に依頼することを決めて、このテーマと向き合おうとしています。
先日の私の記事でちらっと書いた「私が極意だと思っているもの」を深掘りします。今日はまず「できるはずだ力」について書いてみます。
「できるはずだ力」とは何か
私の造語ではないのですが、ここで言っている「できるはずだ力」とは、新しい技術やツールの基本的な仕組みや使用例を理解した上で、「じゃあ、これを使えばあの問題も解決できるはずだ」と応用方法を思いつく力のことです。
特に生成AIの時代では、この力がますます重要になっています。AIの基本的な能力を理解して、「このAIなら、今まで手作業でやっていたあの作業も自動化できるはずだ」「この文章生成能力があるなら、ドキュメント作成のあの部分も効率化できるはずだ」と気づける。これが「できるはずだ力」だと考えています。
プログラミングで培われる思考法
この「できるはずだ力」は、もともとプログラミングの学びと深く関係していると思います。
例えばPythonでリスト内包表記を学んだとき、最初は単純な例から始まります。でも、いつがこの機能の「使い時」なのかを気づかないと、いつものように for で書いてしまう。
「使い時」を理解すれば「じゃあ、この処理もリスト内包表記でシンプルに書けるはずだ」と気づけるようになる。型ヒントを学べば「このエラーは静的検査で検出できるはずだ」、デコレータを知れば「この共通処理もデコレータで整理できるはずだ」と発想が広がります。
アクセシビリティの世界で見た究極の「できるはずだ力」
私がこの「できるはずだ力」の凄さを最も実感したのは、アクセシビリティの分野で活動する人たちとの出会いでした。
視覚に障害がある開発者たちは、「画面が見えなくても、音声でコードが書けるはずだ」と考え、実際にそれを実現しています。「マウスが使えなくても、キーボードだけで全ての操作ができるはずだ」という発想で、独自のツールや手法を生み出してきました。
「アクセシビリティは決まりごとばかりの分野」と見られるかも知れないのですが、本来ユーザーは「できるはずだ」を「やっぱりできた」にしたいだけなのです。決まりごとのように見えるのは「できるはずだ」を裏切らないために何ができるか?という問題だと私は思っています。
アクセシビリティは制約ではなく、人間の創造性を最大限に引き出す分野なのです。
「できるはずだ力」の理論的背景
経済学者のW. Brian Arthurは『テクノロジーとイノベーション 進化/生成の理論』(みすず書房)で、技術の進化を「組み合わせ進化(combinatorial evolution)」として説明しています。新しい技術は既存の技術の組み合わせから生まれ、それがまた新たな組み合わせの部品となっていく、という考え方です。
これはまさに「できるはずだ力」の本質です。既存の要素を理解して、「これとこれを組み合わせれば、新しいことができるはず」と発想する。
重要なのは、これは生物学的な進化とは異なり、小さな変化の蓄積ではなく、既存の要素の創造的な組み合わせによって大きな飛躍が起きるということです。
グラハム・ベルの電話発明がその好例です。ベルは聴覚障害者教育に携わり、母親と妻も聴覚障害者でした。彼は音響学の知識、電気回路の技術、そしてアクセシビリティへの深い理解を持っていました。「音を電気信号に変換できるはず」「それを遠距離に伝送できるはず」という発想から、電話という革命的な技術が生まれたのです。聴覚障害者とのより良いコミュニケーションを求める「できるはずだ」が、結果的に全人類の通信手段を変えることになりました。
ところで、私は仕事の相手からこの本のことを知り、原著で読破とは言えませんが、大雑把に内容を理解し、その後もこのテーマでいろいろな人の話を聞いたり読んだりしました。この記事はあらためてAIと相談して書いていますが、著書の主張を正確に踏まえていないかも知れないことはご容赦ください。
責任ある活用の重要性
ただし、この強力な「できるはずだ力」には、光と影の両面があることを忘れてはいけません。
攻撃者も同じ思考をするのです。「この技術がこう動くなら、こうすれば悪用できるはず」「このAPIがこう設計されているなら、想定外の使い方ができるはず」。セキュリティの世界では、善意の「できるはずだ力」と悪意の「できるはずだ力」が常にせめぎ合っています。
だからこそ、エンジニアには「クリティカルシンキング」も必要なのです。「これができるはず」と思いついたとき、同時に「これを悪用されたらどうなるか」「これは本当に正しい方向なのか」を考える習慣が大切です。
技術の組み合わせが生む新しい可能性は無限大ですが、それと同時に、私たちには責任も生まれます。「できるからやる」ではなく、「できるけれど、やるべきかを考える」。この姿勢こそが、技術者としての成熟度を示すのかもしれません。
生成AI時代の「できるはずだ力」
生成AIを使いこなすには、まさにこの「できるはずだ力」が鍵となります。
- 「GPTがコードを理解できるなら、レガシーコードの解説もできるはずだ」
- 「Claudeが長文を要約できるなら、議事録の作成も自動化できるはずだ」
- 「画像生成AIがこれだけ進化したなら、プロトタイプのUIデザインも素早く作れるはずだ」
実際、ディープラーニングの歴史もこの「できるはずだ力」の連続でした。「画像認識で成果を上げたニューラルネットが自然言語処理にも使えるはず」という発想が、今の生成AI革命につながっています。Transformerアーキテクチャだって、「注意機構がこれだけ効果的なら、これをベースに全体を設計できるはず」という発想から生まれました。
技術カンファレンスは「できるはずだ」の宝庫
そして、技術カンファレンスこそが、この「できるはずだ力」を育てる最高の場所だと思います。
カンファレンスで聞く話は、今すぐ使えなくても、将来「あの時のあの技術なら、この問題を解決できるはずだ」と気づくヒントになります。誰かが「生成AIでテストコードを自動生成している」と聞けば、「じゃあ、APIドキュメントの生成もできるはずだ」と発想が広がる。
他の人の「できるはずだ」発想から刺激を受けて、自分の「できるはずだ」が育つ。これがカンファレンスの醍醐味です。
そして実は、「人に頼ること」にも「できるはずだ力」があると私は思っています。「この人なら、この難しい問題を解決できるはずだ」「あのコミュニティに聞けば、きっと良いアイデアがもらえるはず」。技術だけでなく、人とのつながりも大切な「組み合わせの要素」なのです。これについては、またいつかあらためて書きたいと思います。
そして重要なのは、カンファレンスでは技術の可能性だけでなく、その責任ある活用についても学べることです。セキュリティ、プライバシー、倫理的配慮——これらすべてが「できるはずだ力」を正しい方向に導く重要な要素なのです。
PyCon JP 2025で「できるはずだ」を見つけよう
PyCon JP 2025は、まさにこの「できるはずだ力」が満載です。
生成AIの実践的な活用法、Pythonの新しい可能性、そして何より、皆さんの「できるはずだ」を広げるヒントが詰まったカンファレンスになるはずです。広島という新しい地での開催も、「地方でもこんなことができるはず」という新たな発想を生むきっかけになるはずです。
あなたの「できるはずだ力」を、ぜひPyCon JP 2025で発揮してください。