人ではなく「しくみ」が責任を取る組織運営
PyCon JP 2025 座長 @nishimotz が個人として公開する日報です。
PyCon JP 2025 は9月26日〜28日に広島国際会議場で開催されます。最終日は開発スプリントです。
はじめに
PyCon JP 2025の組織運営において、私たちが目指すのは「人ではなく『しくみ』が責任を取る」組織です。これは、個人に責任を集中させるのではなく、透明で公正なプロセスと十分な検討時間を確保することで、組織全体で責任を分散し、より良い決断を下すことを意味します。
従来の組織運営では、しばしば「誰かが決断しなければならない」という状況で、個人が重い責任を背負うことがありました。特に時間的制約がある中で、リーダーや担当者が「腹をくくって」個人的な決断を下すことが美徳とされることもあります。しかし、私たちは異なるアプローチを取ります。
この「システムによる責任分散」を実現するために、私たちは様々な仕組みを構築してきました。
引き返せない決断には、レビューの時間やチャンスを
最も重要なのは、引き返せない決断をするときには、レビューに十分な時間やチャンスをかけることです。会場選択、開催日程、基本方針など、一度決めると変更が困難な決定については、時間がないからといって誰かが個人的に決断するのではなく、予定を変更してでもレビューの時間やチャンスを確保します。
これは単なる理想論ではありません。実際に私たちは、重要な決定が迫っているときに「今決めなければならない」という圧力を感じることがあります。しかし、そのような状況こそ、立ち止まって考える必要があります。本当に今すぐ決めなければならないのか、スケジュールを調整してレビュー時間を作ることはできないのか。
多くの場合、「急いで決めなければならない」と思われる状況でも、実際には数日から数週間の調整余地があります。その時間を使って、より多くの人の意見を聞き、様々な角度から検討することで、後悔のない決断ができるのです。
時間的制約がある場合でも、レビュープロセスを短縮するのではなく、スケジュール全体を見直します。他のタスクの優先順位を調整したり、外部への発表時期を変更したりすることで、必要な検討時間を確保します。これは「決断の先送り」ではなく、「適切なプロセスの確保」です。
すべての人が貢献できる「みんなでレビュー」
私たちの組織では、積極的に発言する人だけでなく、慎重に考える人も含めて、すべての主催メンバーが貢献できる機会を大切にしています。その最も重要な機会が「みんなでレビューする」ことへの自由で建設的な参加です。
慎重な性格の人は、時として「自分の意見は価値がない」と感じることがあります。しかし、実際には、慎重な人の視点こそが、見落としがちなリスクや改善点を発見する貴重な機会となります。レビュープロセスでは、「反対意見」や「懸念事項」も歓迎します。それらは決定を遅らせる障害ではなく、より良い結果を生み出すための重要な要素なのです。
レビューの場では、経験の多少や役職に関係なく、すべての参加者が対等な立場で意見を述べることができます。新しいメンバーの素朴な疑問が、ベテランが見落としていた重要な問題を浮き彫りにすることもあります。
このレビュー文化により、最終的な決定に対して「みんなで考えた結果」という共通認識が生まれます。個人が「自分が決めた」という重い責任を背負うのではなく、組織全体で「私たちが選んだ道」として受け入れることができるのです。
責任のレイヤー構造
私たちの組織では、責任を明確なレイヤー構造で分散しています。一般社団法人PyCon JP Associationは座長を任命し、行動規範やプライバシーポリシーなどの大きな仕組みを作ります。その範囲内で、座長は年度固有の方針を決定し、人を集めて具体的な仕組みを構築します。各チームや個人は、それぞれの専門領域で日常的な判断を行います。
この構造の重要な点は、上位レベルが下位レベルを「管理」するのではなく、「支援」することです。一般社団法人は座長が活動しやすい環境を整え、座長はチームメンバーが力を発揮できる条件を作ります。主催メンバー研修では、行動規範遵守とプライバシーポリシー理解を必須とする体制を整えています。
決定プロセスの体系化
私たちは決定を2つのタイプに分類しています。引き返せない決断は不可逆的で重要な決定、やり直しがきく決断は可逆的で迅速に行える決定です。引き返せない決断では十分な検討時間と多角的なレビューが不可欠である一方、やり直しがきく決断では迅速な実行と必要に応じた修正を重視します。
この分類の最大の価値は、「どちらのプロセスを適用すべきか」を明確にすることです。時間的制約があるときに、その決定が本当に引き返せない決断なのか、実はやり直しがきく決断として扱えるのかを冷静に判断することで、適切な対応ができます。
さらに重要なアプローチとして、「引き返せない決断」を複数の「やり直しがきく決断」に分割することも可能です。これはウォーターフォール開発とアジャイル開発の関係に似ています。例えば、100枚のチケットを一度に販売するという引き返せない決断を、20枚ずつ5回に分けて販売するという複数のやり直しがきく決断に変換できます。売ったチケットの取り消しや価格変更はほぼ不可能ですが、最初の20枚の販売結果を見て、販売方法や告知のタイミングを調整し、次の20枚に反映させることができます。また、売り切れた場合に増枠するかどうかは後から選択できる可逆的な決断です。
時間を味方につける組織運営
「しくみが責任を取る」組織運営の核心は、時間を味方につけることです。多くの組織では、時間的制約が個人への責任集中を生み出します。「今すぐ決めなければならない」「誰かが責任を取らなければならない」という状況で、結果的に特定の人に重い負担がかかります。
しかし、私たちは違うアプローチを取ります。重要な決定が必要になったとき、まず「本当に今すぐ決める必要があるのか」を問います。多くの場合、数日から数週間の調整余地があることがわかります。その時間を使って、より多くの人の意見を聞き、様々な角度から検討することで、後悔のない決断ができるのです。
Working Out Loudの実践により、意思決定プロセスを可視化し、すべてのメンバーが進捗状況を把握できるようにしています。これにより、問題の早期発見と建設的な議論が可能になります。
学習する組織としての成長
問題が発生したとき、個人を責めるのではなく、システムの改善点として捉えることで、学習する組織としての成長を促進します。やらない・やり方を変える決断も立派な行動として認識し、行動することだけでなく、適切な判断による非行動も価値ある貢献として評価する文化を作ります。
意思決定プロセスの記録と可視化により、後から検証可能な透明性を確保しています。これにより、「なぜその決定をしたのか」が明確になり、組織学習が促進されます。システムは人を支援するためのものであり、人がシステムに振り回されることがないよう注意深く設計する必要があります。
おわりに
「人ではなく『しくみ』が責任を取る」組織運営の本質は、時間をかけてみんなでレビューすることです。引き返せない重要な決断をするときには、誰かが腹をくくって個人的に決めるのではなく、予定を調整してでもレビューの時間やチャンスを確保します。そして、積極的な人も慎重な人も含めて、すべてのメンバーが自由で建設的にレビューに参加できる環境を作ります。
このアプローチは座長の負担軽減にも大きく貢献します。個人決断の重圧から解放され、みんなでレビューする仕組みによって責任が分散されることで、座長は組織全体の方向性に集中できるようになります。
レビューや意見募集を行う際には、期日を明確に設定することも重要です。参加者が計画を立てやすくし、建設的な参加を促すために、「いつまでに意見をください」という具体的な締切を示します。これにより、レビュープロセス自体も効率的に進行し、決定までの時間を適切に管理できます。
このように、最終的な決定は「個人の判断」ではなく「みんなで考えた結果」となります。責任は特定の人ではなく、プロセス全体が担うことになります。これこそが、持続可能で包括的な組織運営の基盤なのです。
PyCon JP 2025では、このような組織運営を通じて、すべてのメンバーが安心して貢献でき、参加者にとって価値のあるイベントを創造していきます。困ったときは個人で抱え込まず、みんなでレビューするシステムを活用していきましょう。
更新履歴
- 2025-07-12: 初版公開